ミネイロンの惨劇まで数時間前
その朝は遠足にいく子供のようにいつもより早く目が覚め、ノバ・リマの朝日を浴びて今日もブラジルにいる幸せを感じていた。「今日は勝てないと思う。」テラスからそれほど遠くない空を眺め、ブラジリアンらしからぬ弱気なホストがつぶやく。「まだ負けたわけではない。」心の中で同意する気持ちを追い出すように、ブラジリアンらしく陽気なサムライがはげます。「笑えるうちに写真を撮ろう。」冗談とも本気ともつかない。決勝の地マラカナンにブラジルが立てることを願い記念撮影をする。
ホームステイ先のノバ・リマから市内バスでベロオリゾンテのダウンタウンまで出て、そこからスタジアム行きのシャトルバスに乗り換える。車内はカナリアサポーター応援ツアーと化す。ドイツの恐怖を打ち消すかのように大声でチャントを叫ぶ。窓から身を乗り出し沿道を歩くブラジルサポーターと呼応する。不安を紛らわすため揺れる車内ではしゃぎ踊るブラジレイロ。それを見守るブラジレイラの表情は不安というか馬鹿騒ぎできるものこれが最期かもしれないと覚悟しているかのようにも見える。
王国のサポーターはサッカーをよく知っている。ネイマールとチウゴ・シルバを欠き強豪ドイツに勝つことがどれだけ難しいことかよくわかっている。コロンビア戦後から次は勝てないかもしれないと言うブラジリアンは多かった。ベロオリゾンテに今までの試合と違う緊張感が走る。
若きオスカー・ニューマイヤーによりデザインされたサンフランシスコデアシス教会を過ぎると、パンプーリャ湖畔の向こうにミネイロンが見えてくる。緑の芝生と林、青い空と湖、カナリア色のサポーターの絶妙の配色。オスカーはここまで計算していたのかどうかわからないが、こんなに美しく絵になるスタジアムまでの道のりは他に記憶がない。
サンルイスのホストファミリーにもらったマフラー、レシフェの地元の友達から譲り受けたウィッグ、ナタールでホストファミリーがくれたフラッグ、クイアバでブラジリアンサポーターにハチマキと交換をせがまれ手に入れたユニフォーム、戦利品の集大成とも言えるフル装備の応援コスチュームはブラジリアンに大人気。バスで仲良くなったブラジレイラに引っ張られ、日本のネイマールはフェリッペ監督似のおじさんといっしょに何局かのテレビに映った。英語のアナウンサーには気の利いたコメントもできたけど、地元の番組ではポルトガル語の台本を用意された。
アフェイでも物怖じしないドイツ人サポーターはチームと同じでたくましい。圧倒多数のブラジルコールが湧く中2002年の借りを返すとドイツコールで応戦する。ネイマールがいないとはいえ完全アウェイの地でホスト国ブラジルは優勝するための一番の障壁。事実上の決勝戦。仮にセレソンがゴール許してもサポーターが黙ってはいない。いよいよという局面を迎えるとドイツがブラジルを下すなんてことは許されない空気になるだろう。この互いに大きなプレッシャーの中、両チームの夢をかけた試合を前に全身からアドレナリンが溢れ出す。
そして熱狂の渦の中キックオフのホイッスルが鳴る。
著者:Ken Utsumi #u23ken
『世界23周の旅』3周目中。未来の働き方・生き方に挑戦する。24歳のときトロントで起業。留学&就活を支援。未来法人U23代表CEO兼デザイナー。神戸生まれ、サッカー好き、旅人。